福岡高等裁判所宮崎支部 昭和33年(ナ)2号 判決 1959年4月30日
原告 蛯原義巳 外一名
被告 宮崎県選挙管理委員会
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告ら代理人は「被告が昭和三三年九月一五日なした裁決を取り消す。同年一月二六日執行の宮崎県日南市長選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因としてつぎのように述べた。
(一) 原告らは昭和三三年一月二六日施行の宮崎県日南市長選挙における選挙人であるが、当該選挙会は候補者井戸川一・河合弘美の両名のうち井戸川一を当選人と決定した。そこで原告らは右選挙の効力に関し、同年二月八日日南市選挙管理委員会に対し異議を申し立てたところ、同年三月六日異議申立棄却の決定をうけたので、同月二六日被告委員会に訴願を提起し、同年九月一五日訴願棄却の裁決があり、同月一六日裁決書の交付をうけた。
(二) しかし裁決は不法であつて、右選挙は選挙の規定に違反して行われ、右違法事由は選挙の自由と公正を害し、且つ選挙の結果に異動をおよぼすおそれがある場合に該当するので、無効である。すなわち(1)井戸川派が「河合は金力と権力の代表者である」と宣伝したことや、河合派が「井戸川は市政を私物化している」と有権者に呼びかけたことは、選挙運動としては自由である。しかして日南市総務課広報係長の村上義信が組合長をしていた日南市役所職員労働組合は、積極的に井戸川推薦の決定をなし、市民に「金力と権力」云々の文言をふくんだ声明書を発表した。このように村上義信が組合長の地位を利用して組合活動と称し、告示前から井戸川一の選挙運動に専念していたことは、歴然たる事実である。ところで日南市選挙管理委員会は、右の事実を知りながら、告示日の一月一六日から投票前日の同月二五日までの間、選挙事務従事者として右村上に広報関係を委嘱し、右委嘱をうけた村上は、「こちらは公明選挙の推進班であります。金の力や権力などで尊い一票を汚さないように正しい投票をして下さい。デマや宣伝に迷わず、正しい判断で明るい選挙をいたしましよう。皆さん公明選挙に御協力下さい。選挙は皆様の自由意思で、最も正しく良いと信ずる人に投票して下さい」の用語を、広報車で宣伝放送させた。その放送趣旨は、内容の良否はともかく、井戸川候補の選挙スローガンとして有権者に宣伝した「金力と権力による圧迫をのぞき明朗な市政をつくる」という意味に一致し、明らかに利益誘導である。以上の事実は、公職選挙法第一条第六条の精神に違反するのはもちろん、同法第二二一条にも違反する。(2)日南市に所在する飫肥産業会館は油津公民館と同じく公共建物であり、いずれも同市選挙管理委員会が一月二六日の投票所にあてるために前日から同市長井戸川一から借用管理していたものであるが、同委員会は河合候補が一月二五日演説会場として右飫肥産業会館の使用を申し込んだのを「翌日の投票に差し支える」との理由で拒否しながら、井戸川候補の同様申し込みを許容して同夜右産業会館を演説会場に使用させた。これは選挙の公正を著しく阻害した所為である。
(立証省略)
被告代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。
原告らの主張中(一)の原告らが当該選挙人であり、本訴提起にいたる経過的事実は、これを認める。(二)の選挙無効の見解は否定する。すなわち(1)日南市選挙管理委員会が同市総務課広報係長の村上義信に原告ら主張の期間主張の公明選挙運動を委嘱し、同人が同市の広報自動車で主張内容の宣伝放送をさせた事実は認めるけれども、村上が井戸川候補の運動者であつた事実を同市委員会において知つていたとの事実は否認する。従来公明選挙運動の従事者としては、市の広報係に委嘱するのが例となつていたので、本件市長選挙にあたつても、その例にしたがつて市の広報係長である村上に委嘱したまでのことである。また村上の宣伝放送が特定候補者井戸川一のための選挙運動ででもあるかのような原告らの立言は、事実を曲げるもはなはだしいといわなければならない。(2)油津公民館は個人演説会の公営施設であつて、日南市選挙管理委員会が管理中のものであつたが、飫肥産業会館は公営施設ではなくて、日南市・串間市・南郷町・北郷村の共有建物で日南市長の管理に属しており、市選挙管理委員会には、その使用についての許否の権限はなく、また右委員会としては、一月二五日河合候補からその使用の申し込みをうけた事実とてないのである。同日右産業会館の管理人が河合候補の使用申し込みに応じなかつたかどうかは、市委員会の関知するところではなく、同夜井戸川候補がこれを演説会場に使用したことは、市委員会には無縁の出来事である。
(立証省略)
理由
原告らが本件市長選挙の選挙人であり、本訴提起にいたる経過的事実が原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。よつて原告ら主張の本件選挙の無効事由について順次検討する。
一、公明選挙の啓発宣伝放送問題について。
日南市選挙管理委員会が同市総務課広報係長の村上義信に、告示日の一月一六日から投票前日の同月二五日までの間、公明選挙の啓発宣伝事務を委嘱し、右委嘱に基づいて村上が同市の広報自動車で原告ら主張の内容・意味の放送をした事実は、当事者間に争いがない。
しかして選挙が選挙人の自由に表明する意思によつて、公明且つ適正に行われることを確保するための啓発・周知などは、当該選挙管理委員会の職責であることは、公職選挙法第六条の明定するところである。本件日南市長選挙にあたり、同市選挙管理委員会が右職責を果たさなければならないことはいうまでもない。
ところで、証人小野春樹の証言によれば、市選挙管理委員会は、選挙の告示があると、多量の事務を処理して選挙の管理執行にあたらなければならなくなるので、選挙啓発の広報は従来から市の広報係に委嘱してきたのであつて、本件選挙においても右の例にしたがつたまでで、たまたま村上義信が市の広報係長の地位にあつた関係上、選挙啓発事務の責任者ともなつたのであつて、委嘱当時市委員会においては、村上が立候補届出前の選挙運動を井戸川候補のためにしていたなどの事実は、これを知り得る事情になかつたことを認めることができる。しかも広報の内容・意味は、公明選挙の啓発としては、もとよりいささかも非難されなければならないような文言はないのであつて、たまたま井戸川候補の選挙スローガンとその趣旨において相通ずるものがあつたとしても、市委員会の広報活動をもつて、井戸川候補を援護し、河合候補を攻撃するものとは解されない。結局選挙の自由と公正を害するものではなく、選挙の管理執行の手続に関する規定に違反しないものといわなければなならい。
右の認定・判断をさまたげる証拠はない。
一、飫肥産業会館問題について。
井戸川候補が投票前日の一月二五日夜飫肥産業会館において個人演説会をもよおした事実は、当事者間に争いがない。
ところで、証人安藤幸輔・杉田武夫・上野稲男・小野春樹の証言によれば、飫肥産業会館は油津公民館とは異なり、公営の施設ではなくて、南那珂市町村組合の所有に属し、井戸川候補が市選挙管理委員会とは無縁に、右会館の事実上の管理者である上野稲男の許可をえてこれを使用した事実を認めることができる。この場合、公営施設使用の個人演説会のような制約はなく、したがつて市選挙管理委員会としては、一月二六日の投票所としての使用に支障がない限り、これを関与する権限とてないのであるから、右上野稲男がその自主的判断によつて、前記のように、井戸川候補側の使用申し込みを容れながら、河合候補の右申し込みに応じなかつた事実があつたとしても、市選挙管理委員会の関知するところではないといわなければならない。飫肥産業会館問題については、市選挙管理委員会はなにも責任を問われるかどはないのである。
右の認定・判断をさまたげる証拠はない。
よつて、原告らの本訴請求は失当として排斥し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 桑原国朝 渕上寿 後藤寛治)